mail to: sgktani@gmail.com
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群を積に分解しその生成群を調べたり,逆に2つの群の積で大きな群を生成したりするときに,群の直積$${H\times A}$$や半直積$${H\rtimes A}$$が役に立つ(ここに,群$${H}$$は群$${G}$$の正規部分群, 群$${A}$$は部分群:直積は部分群$${A}$$も正規部分群である特殊な場合に成立する).
直積$${H\times A}$$は,$${h_{i}\in H, a_{j}\in A}$$とし,ペア $${\{h_{i}a_{j}\} }$$を元として構成される群だが,任意の元$${h_{i}a_{j}, h_{k}a_{l } }$$がいつも可換とは限らないので,一般には,積則は半直積になる.
2つの群(例えば,結晶構造とそれを舞台に発現する特性の対称性)の関係を研究するときにもこの方法は応用される.
●ピエール・キュリーの原理(1894)
対称性$${G_{p_{i } } }$$の現象
◆ことの起こり(前期):シュブニコフの反対称概念の発見(1945)まで
ヘーシHeeschとシュブニコフShubnikovは,シュパイサーSpeiserが1927年に提案した
�321G321
群[3次元帯群]の解釈と,その2年後にウェーバーWeberが
�32G32
群[3次元層群]が描いた図[黒-白2色を使い,単面平面上に両面平面を描画--色の違いで厚み方向の幾何学次元を表す]のアイデアに深い感銘を受け,その結果,独立して,反対称の概念の厳密な定義にたどり着いた.
1945年にシュブニコフが定義した反恒等元
1′1′
とは,幾何空間には作用せず(位置を変えず)に,黒白の色だけを反転する演算である.
古典群に含まれる位数2の元に,色の反転
1′1′
を結合して得た演算(例えば,
2′2′
,
�′m′
)で,始めの群の元を置き換えると黒白2色群を得る:
���2pam2
⇒
���′2pam′2
,
���2′pam2′
,
���′2′pam′2′
:
���2pmm2
⇒
��′�2′pm′m2′
,
��′�′2pm′m′2
.
特に,反恒等元
1′1′
を,古典群の単位元
11
に結合すると,灰色(中性)群(元の群の2倍の位数)が生じる.
単面平面(壁紙)の対称群から双面平面(層平面)の対称群を導く方法論は,「群の拡大理論」を基礎としています.
反対称群(シュブニコフ群)2値の色(
+/−+/−
)の反転を古典群の位数2の対称操作に結合したように,対称操作の位数と矛盾なく整合の取れる複数色の巡回置換などを結合した演算で置き換えると,多色群が得られます:幾何空間の対称操作に結び付けて,色付き対称群(ベーロフ群)などや,さらなる群の一般化が発展します.この方法論は,低次元空間の対称群から高次元空間の対称群を導くのにも有用です.
●数学と物理学の立場の違い
・Heinrich Heesch(ドイツの数学者)の関心は,高次元幾何空間の空間群にあり,ドイツ,スイスの数学者の関心事は,
�n
次元の空間群は有限個かというHilbelt問題の一つに関するものであった.
20世紀初頭の結晶学者は,帯群,層群などの空間群の内部の小さい群に興味を持っていた.
幾何学空間次元だけでなく,特性次元(=色)を付与して,対称性をより豊かにする(特性も記述する)という応用的な価値に注目したのは,A.V.Shubnikov(ソビエトの結晶学者)であった.
ソビエト結晶学派は,対称性の理論の改良は,自然科学の実践で機能するか,将来的に機能する場合にのみ価値があると考えている.
(注)一般群の記号について
この表記法は1967年以降に用いられている
◆空間群内部の小さい群「帯群,層群」
●2次元平面の表裏(2次元平面群$$G_{2}$$と3次元中の層群$$G_{3,2}$$)
2次元平面に裏表があると思いますか?それともないと思いますか?
2次元とは厚み方向の次元がない世界.3次元に慣れ親しんだ我々は内部があっての表面ですが,2次元世界は表面だけで内部はない.表側面や裏側面の区別が生じるのは,私たちの住む3次元世界に2次元平面を持ち込むからで,2次元世界には,単面平面しか存在できない.
●周期的な2次元平面とは,面内に2つの独立な並進ベクトル
�,�a,b
があり,この2つのベクトルで挟まれる平行4辺形を単位胞(単位タイル)として,平面を張り詰めた構造だ.周期的な2次元平面(もちろん単面平面)の対称性(平面群)は17種類ある[17種類の壁紙模様].⇒
17�217G2
我々の居る3次元世界の中で,2次元平面を見たときに,表側面と裏側面の区別が生じ,このような双面2次元平面を「層」と呼ぶ.⇒
80�3,280G3,2
層の2次元周期的模様の対称性(空間群)は,80種類あります.この80種類のうちには,2次元(単面)平面群の17種類は含まれる.
2次元帯の古典群(1色)
2次元帯の黒-白(赤)群
2次元帯の反対称群31個の内訳は,古典(1色)群7個+灰色群(シニア群とも呼ばれる)7個+黒-白群(ジュニア群とも呼ばれる)17個である.
◆
17�217G2
から,どのようにして
80�3,280G3,2
が得られるか.
第1の方法: 層の内部に,対称心,鏡映面(あるいは,映進面),2回軸(あるいは,2回らせん軸)などの位数2の対称操作を導入し,片面の世界を他の面の世界に写像する.つまり,片面のみの壁紙模様の17種類の平面群と,層の内部に置いた位数2の対称群との直積で「層の空間群」を生成する.
第2の方法: 2次元(片面)平面群の生成元の一部を,表面と裏面との間を
変換するものに[回軸対称軸を位数2のらせん軸に,鏡映面を映進面に]変える.
こうして,17種類の平面群から,80種類の層の空間群を導くことができる.層の対称性(空間群)をすべて導くことは,1930年までにドイツの科学者;Hermann,Weber,Alexanderらによって完了している.
●層に対する空間群など,何に応用できるのかと思う方もおられるかも知れない.層の対称性(空間群)は,表面や界面の記述に用いることができ,結晶学では液晶構造,ドメイン界面,双晶,エピタキシャル接合の研究に,物理化学では単分子層や薄膜の研究に,生物学では膜構造やその他の生体組織の研究に応用される.また,建築芸術においても, 透かし彫りの格子構造,覆い,フェンス,看板などのデザインに応用される.
それにもましてこの概念が重要なのは,層の空間群は,それを含む3次元空間群の内部構造の理解に直結し,群の拡大理論を基礎に,反対称などの新たな概念を導入するのに役立った.
31の帯群
�321G321
, 80の層群
�32G32
,75の丸棒群
�31G31
は,230のフェドロフ群の部分群[特異(不変)平面や特異直線を持つ]として導出された.
1930年,数学者Heeschは,17の層の2次元Fedorov群
�2G2
から,80の層群
�32G32
(2次元群の黒-白群
�21G21
)を導出:
230のフェドロフ群
�3G3
から,4次元の”超層”群
�43G43
(3次元の黒-白群
�31G31
)の導出:
同時に,32の結晶点群
�30G30
から,122の4次元の点群
�430G430
(黒-白3次元群
�301G301
)を導出した.
3次元の空間群
230�3230G3
に,色特性の次元を加えて(反対称,色付き対称)
�31G31
を考えると,これは4次元空間群の一部
�4,3G4,3
と解釈できる.
2次元結晶点群から2次元結晶黒-白点群を導く
2次元黒-白結晶点群31種の内訳は:古典(1色)群10種+中性群(シニア群)10種+黒-白群(ジュニア群)11種
◆表紙のEscher作品について
このEscher作品(1943年)は,色の区別をしないで純幾何空間的に見れば,1つの蜥蜴のモチーフで平面が埋め尽くされている.蜥蜴の左手の集まる点には6回回転軸
66
がある.
色を区別する超幾何空間的に見れば,3色の巡回置換が空間の3回軸と結合しており(これを
6(3)6(3)
と表示),かつ,色を保存する2回回転軸と共存している.格子は単純な3角格子である.
したがって,色の見分けをしなければ,古典群
�6P6
(
�2G2
),色の見分けをすれば,
�6(3)P6(3)
(
�21,3G21,3
)の3色群である.
この3色群は,純幾何空間的に見れば,らせん軸
6363
があると見て3次元空間の
�3G3
に属する
�63P63
とも解釈でき,これら両者の群は互いに同型である.
興味深いのは,Escherがこの作品を作ったのはShubunikovの反対称概念の発見よりも早いことだ.
空間群
�G
には正規部分群として並進群
�H
が含まれる.
�H
に関するラグランジュ展開の各剰余類を図解すれば,すべての格子点に1つの向きの蜥蜴1匹が配置された格子6種類である.並進群
�H
を法として同値とは,無限に繰り返す全格子点に散らばっている蜥蜴を1つの格子点の周りに集めることである.これが代表元系で,点群
1,6,62,⋯ ,65=�∗1,6,62,⋯,65=G∗
に同型な群に還元される.
References;
Шубников и Копцик, Симметрия в науке и искусстве (1972)
Shubnikov and Koptsik; Symmetry in science and art (1974)
Вайнштейин, Современная кристаллография, том 1(1979)
Заморзаев и др.; Симметрия, ее обобщения и приложения(1978)
Zamorzaev; generalized antisymmetry, Comput.Math.Applic. Vol.16,No.5-8,p555(1988)
◆古典結晶空間群
3次元の結晶空間群が230種あることの数え上げは,1890年ごろ,フェドロフ(ペテルスブルグ大,鉱物学),シェンフリース(フランクフルト大,数学),バーロー(ロンドンの事業家)により,それぞれ独立に達成された.これは,X線の発見以前の19世紀末の数学的業績で,X線の発見で幕を開ける20世紀に発展する結晶構造解析の基礎となった.
*1)⇒構造解析にどのように役立つか
フェドロフが数え上げた方法を理解し易くするために,まず,2次元の結晶空間で説明しよう.2次元の結晶空間群(平面群),つまり,壁紙模様の対称群は17種類ある.そもそも,結晶空間=周期的な空間,つまり,単位胞が隙間なく繰り返し並んでいる空間であり,「単位胞でデジタル化された空間」と言える.2次元結晶空間なら,1つのタイル(単位胞に相当)で,タイル張りされた平面である.
●2次元は表面だけの世界で,表面には裏表の区別はない.3次元にいる我々の視点では,平面に裏表の2面があるように思うかもしれぬが,その場合は「層」と言い「表面」とは言わない.従って,壁紙模様は表面だけの平面であり,表面を裏返す操作は,2次元結晶群にはあり得ない.
●表面をタイル張りすれば,必ず周期が生じるわけではない.ペンローズ・タイリングがその例だが,非周期なタイル張りもいくつか存在する.
結晶空間の定義には周期性が必須で,ペンローズ・タイリングのような構造をもつ物質は「結晶」の範疇ではなく,「準結晶」と呼ばれる.
*2)⇒非周期タイリング
◆フェドロフの数え上げ方法
周期的な平面タイル張が可能なタイルの形は平行多辺形で,平行4辺形,および,平行6辺形がある.
対称性で,平行多辺形を分類すると:一般的な平行4辺形,ひし形,長方形,正方形;一般的な平行6辺形,つぶされた正6角形,正6角形:がある.
これら7種類の有限図形を,等価な部分に分割した図の一覧を以下に掲載した.これらの分割様式を対称性で分類すると,共型群13種が得られる.さらに,このうちの3種の共型群からは,非共型群4種が導けるので,計17種の2次元空間群(壁紙模様)が得られる.
フェドロフらは,3次元空間群の導出で同様な方法を用いた.2次元では平行多辺形から出発したが,3次元ではフェドロフの平行多面体5種から出発する.*)⇒共型,非共型の解説
7種類のタイルを等価な部分に分割した一覧
5種のフェドロフ平行多面体を分割して73種の共型群を得る
◆結晶空間群
並進群=独立な並進ベクトルの1次結合が生成する群
結晶空間(周期的な空間)は,単位胞でデジタル化さた空間なので,単位胞を格子点で代表すれば結晶格子が得られる.
点群=1点を特異点とする対称操作の組合せが作る群.
点群と結晶空間の周期性(結晶格子)とが両立しなければならないので,回転対称操作には制限が生じ,このような点群は結晶点群と呼ばれる:回転対称操作は,2回軸,3回軸,4回軸,6回軸に限られる.
●古典結晶群は,「幾何空間」内の対称変換のみで生成されるのだが,幾何空間に特性次元(色がその代表)を付与した「超幾何(色付き幾何空間)」内の対称変換を考え,黒白群,色付き群,および,群の一般化へと発展した.*)⇒第2部
●互いに双対な図形の対称性は同一.従って,Fourier変換で結ばれる双対空間の対称性は同一である.結晶構造とそのX線散乱振幅はFourier変換で結ばれるから,対称性は同一である.しかし,結晶とそのX線回折強度像(散乱振幅の絶対値の2乗)の対称性は,同一ではなく,X線回折強度像の対称性は結晶の対称性よりも上昇し得る.これは,ピエール・キュリーの因果律の例でもある.*)⇒X線の散乱
●鏡映操作と回転操作には本質的な違いがある:3次元空間の鏡映像(互いにキラル)は3次元空間内の運動で物体に重ねることができない(ただし,次元を1つ上げた4次元空間ならばこれは可能).3次元点群の対称操作は,3次の直交表列で表現できるが,その行列式が;回転操作では+1,鏡映操作や対称心であることに違いがある.
$${\left( \begin{array}{cc} \text{cos}\theta & \text{sin}\theta \\ \text{-sin}\theta & \text{cos}\theta \end{array} \right)}$$ 回転操作の例
$${\left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \\0 & -1 \end{array} \right)}$$ 鏡映操作の例
◆今回必要となる群概念ミニマム
群,部分群,正規部分群,正規列,共役類,群の拡大.
対称性の高低と部分群の列(正規列,非正規列).
●群の定義
$${G=\{a, b, c, \cdots \ } }$$ 集合$${G}$$が群と呼ばれるのは,次の公理を満たす場合である:
0) $${\forall a, b\in G → a\cdot b\in G}$$ 任意の2元に2項演算$${\cdot}$$が定義される.
1) $${(a \cdot b)\cdot c=a \cdot (b \cdot c)}$$ 結合律
2) $${a\cdot e=e\cdot a=a}$$ $${e}$$: 単位元,左単位元
ある元$${e}$$(ただ一つ)が存在し,すべての$${\forall a\in G}$$に対して成立.
3) $${a\cdot x=x\cdot a=e}$$ $${x=a^{-1 } }$$: $${a}$$の逆元,左逆元
$${ a\in G}$$に対して,$${x}$$が(ただ一つ)存在する.
1)~3)を群の公理という.
群の公理中の(ただ一つ)というのは,公理に含めなくてもよい(導くことができる).
3m
●正規部分群の定義
群$${H}$$が群$${G}$$の正規部分群($${H⊲G}$$と表記)であるとは,
任意の$${a∈G}$$に対して$${aHa^{-1}=H}$$,(つまり,$${aH=Ha}$$)となることである.
群$${G}$$がAbel群ならば,すべての部分群は正規である.
2つの自明な正規部分群(自分自身と$${\{e\ } }$$)以外に,正規部分群を持たない群を「単純群」という.(単純群の定義)
正規部分群に関する2つの左剰余類の積では,$${aH\cdot bH=a\cdot bH}$$が成立する.従って正規部分群を核として商群$${G/H}$$が作れる.
群$${G}$$の非正規な部分群$${H}$$に関してもラグランジュ展開(直和分解)は作れるが,剰余類の積を行うと,バラけてしまい結果は1つの剰余類に収まらない.
●ラグランジュ展開: $${G \vartriangleright H}$$のとき
$${G=a_{1}H \cup a_{2}H \cup \cdots \cup a_{r}H}$$, $${a_{1}=1}$$
$${G}$$は適当な$${a_{i} \in G}$$を$${r}$$個選び,$${r}$$個の剰余類の直和に展開される.$${r}$$は意に決まる.
$${r=g/h}$$ (ここで,$${g}$$: $${G}$$の位数,$${h}$$: $${H}$$の位数,$${r}$$: 部分群の指数)
[演習]
点群$${4mm}$$には,$${2mm}$$あるいは$${4}$$や$${2}$$が正規部分群として含まれる.点群$${4mm}$$の正規部分群を核として準同型写像すると,点群$${4mm}$$は商群に還元できる:$${4mm/2mm≅4}$$(mod2),$${4mm/4≅m}$$,$${4mm/2≅4mm}$$(mod2). 部分群$${m}$$は正規部分群ではないので,ラグランジュ展開はできるが,剰余類は群をなさない.このように,大きな群は,その正規部分群を,何らかの部分群(あるいは正規部分群)で拡大した構造になっている.
非正規の部分群を,何らかの非正規部分群で拡大した構造は,非正規の拡大という.非正規拡大は難問.例えば,部分群$${K}$$の共役集合の重畳という構造をもつ代数系(特殊な亜群)などがある.*)⇒今回は除外
●共役類
群Gの元$${g', g}$$は,$${g'=aga^{-1 } }$$,($${ a\in G}$$)のとき,互いに共役$${g' \sim g}$$という.互いに共役という関係は同値関係である.
集合$${S\subset G}$$に対して,$${aSa^{-1 } }$$, ($${a\in G}$$)となる集合は,集合$${S}$$と共役 な集合である.$${S}$$が部分群であれば,$${aSa^{-1 } }$$は$${S}$$に共役な部分群である.物理的な効果が同等な対称操作は同じ共役類に属することがわかる.
例として,表中に点群$${4mm}$$の共役類を色分けで表示した.
◆群の行列表現には,今回は深入りしない
異値の既約表現の数は共役類の数だけある.例えば,シクロブタジエン(点群$${4mm}$$)のπ電子系の分子軌道(4つの C 原子の原子軌道の線形結合)の永年方程式(固有値問題)を解き,エネルギー準位などが求まる.あるいは,4つの原子軌道関数を基底にして作った分子軌道(点群$${4mm}$$)の正則表現を簡約して,それに含まれる既約表現を求めるのだが,各既約表現はエネルギー準位に対応する.*)⇒表現
◆結晶空間群の作り方
●格子を,対称性で分類したものがブラベー格子で,2次元ブラベー格子は5種類ある.2次元には,互いに独立な並進ベクトル2つがとれ,この2つの並進ベクトルの組を対称性で分類すると5種類になる.格子点間の垂直2等分線で囲まれる図形を「ディリクレ胞」というが,「ディリクレ胞」の形で分類したと思うとわかり易い.
空間群には,正規部分群として並進群(格子)が含まれているので,並進群を結晶点群で拡大して空間群が得られる.組み合わされる点群は格子と両立する対称性のものである.一例として,直方(長方形)単純格子の格子点に,点群$${2mm}$$の有限図形を配置して,空間群$${P2mm}$$が得られる.$${P2mm}$$は共型群である.点群$${2mm}$$の鏡映操作$${m}$$を,映進操作$${g}$$で置き換えることを考える.映進操作$${g}$$とは,鏡映と鏡映面に沿った周期$${T/2}$$の並進を組み合わせた操作のことである.したがって,映進を2回繰り返すと,$${g^2=T}$$となり,格子分だけの移動になる.結晶格子は無限に繰り返すので,並進周期だけ移動した点はすべて同値である.そこで,映進操作,$${g^2=1(\text{mod}T)}$$は,周期的空間の対称操作となる.共型群$${P2mm}$$から非共型群$${P2mg,P2gg}$$が導ける.映進操作$${g}$$は,非対称要素(モチーフ)を隣の胞に移動させてしまうが,格子並進群を法として同値とすれば,単位胞内に(還元)引き戻せる.
群$${G}$$はその部分群$${H}$$に関して剰余類の直和にラグランジュ展開できる. 空間群の拡大では,正規部分群は非常に重要な役割を演ずる.$${H}$$が$${G}$$の正規部分群であるとき,$${H}$$に関する剰余類は,$${H}$$を法として商群$${G/H}$$をなす.逆に,$${\{a_1, a_2, \cdots , a_r \}=G^*}$$とし,正規部分群$${H}$$を群$${G^*}$$で拡大して$${G}$$が得られるのだが,$${G^*}$$も正規部分群である場合は直積;$${G^*}$$が非正規の部分群である場合には半直積;$${G^*}$$が$${H}$$を法として群となる(モジュラー群)の場合には条件積;で表現する.
引用:
Symmetry in scienve and art; A.V.Shubnikov and V.A.Koptsik
美しい幾何学; 谷克彦
◆結晶群の一般化とは
群$${G}$$は,その部分群$${H}$$に関して剰余類の直和に展開(ラグランジュ展開)できる:
$${G=a_{1}H+a_{2}H+\cdots+a_{r}H}$$,$${a_{j}\in G}$$
$${G}$$の位数を$${g}$$,$${H}$$の位数を$${h}$$とすると,$${r=g/h}$$は整数,すなわち,$${r}$$は部分群$${H}$$の指数である.
特に,$${H}$$が正規部分群:$${a_{j}Ha_{j}^{-1}=H}$$(すなわち,$${a_{j}H=Ha_{j } }$$)である場合が重要で,このときは,剰余類全体$${\{a_{1}H, a_{2}H, \cdots a_{r}H\ } }$$は群(商群)$${G/H}$$をなす:$${\{a_{1}H, a_{2}H, \cdots a_{r}H\}=G/H}$$
群$${G}$$は,$${H}$$を法として,代表系の群$${G^{*}=\{a_{1}, a_{2}, \cdots , a_{r}\ } }$$に縮小される($${H}$$を核に準同型写像される)という:
$${G^{*}=\{a_{1}, a_{2}, \cdots a_{r}\}\simeq G/H}$$
この原理に基づき,群$${G}$$は正規部分群$${H}$$を法(核)として,小さい群に還元できる.逆に,正規部分群を何らかの群で拡大し大きな群に戻すことができる.群$${G}$$やその正規部分群$${H}$$,$${G^{* } }$$あるいは$${G^{*}(\text{mod}H)}$$は幾何学空間内で作用する対称変換の群であるが,$${H}$$の拡大に使う群$${G^{* } }$$あるいは$${G^{*}(\text{mod}H)}$$に色置換群などの幾何空間と別次元の空間に作用する対称変換を導入することで,古典群からの一般化の道が開かれる.幾何学空間の位置を替えずに,黒/白(あるいは+/-)という2値の変換(反対称変換とよぶ)を導入したのがアレクセイ・シュブニコフ(1945)である.反対称の概念を,幾何学空間とは異なる性質次元に導入し,古典群(幾何学空間の対称群)の拡大として定式化した.反対称概念は,ドイツの数学者ヘーシ(1929)も導入したが,古典群の高次元化に視点があり結晶学者の注目を惹かなかった.幾何空間に物理的な変化を付与して,対称性を豊かにする応用的な価値に注目したのがソ連の結晶学派であった.
◆2人のシュブニコフ
レフ・シュブニコフ(1901-1937)甥とA.V.シュブニコフ(1887-1970)叔父で14歳上.シュブニコフ群のシュブニコフはアレクセイ・シュブニコフ.シュブニコフ=ド・ハース効果に名を残したレフ・シュブニコフとは別人(二人とも優れた物理学者).父称が同じヴァシリーなので兄弟かと思ったが,そうではなく,実は,甥と叔父の関係であった.レフの父はアレクセイの兄であり,この兄弟の父の名はヴァシリーであった.しかし,レフの父(アレクセイの兄)の名もヴァシリーであった.そう,これが私が混乱した原因であった.
シュブニコフ群は今回の主題なので後ほど詳しく取り上げる.ここでは,甥のレフ・シュブニコフの悲劇的な生涯を紹介する.彼は,レニングラードのオブレイモフの研究室で金属の完全結晶成長の仕事をし,ビスマス単結晶作製でライデン,ドハース研究所へ呼ばれる(1926-1930).純度を上げる方法でビスマスの良い結晶を作り,シュブニコフ=ド・ハース効果を発見した(ビスマスの電気抵抗は磁場中で増大するのは既知).磁気抵抗の精密な測定は,格子振動による電子散乱をとめる必要があり極低温での測定になる.結晶中の欠陥や不純物でも電子は散乱されるから欠陥のない結晶が必要である.純度を上げる方法で良い結晶を作り,レフは磁気抵抗が印加磁場強度の逆数に比例する周波数で振動することを発見したのだった.シュブニコフ=ド・ハース効果は,フェルミ面の形の影響を受けて起こる現象である.
ヨッフェ(1880ウクライナ生まれ,レントゲンの弟子)は,「ソビエト政権の最初の10年間の物理学はモスクワとレニングラードに集中した.今や分散の時が来た.産業と結びつく必要のある研究所は工場が存在する場所,産業のある場所になければならない」と主張し,1928年にハリコフ物理工学研究所創設につながった.
レフ・シュブニコフは,ライデンから帰国しここで極低温研究所を立ち上げ,活発な研究が行われた(1930年代).ハリコフの物理工学研究所には,L.D.ランダウもいた.
ランダウの教育方針は,彼の作成した「理論ミニマム」をマスターすること.最初にランダウの「理論ミニマム」に合格したのは,カンパニエーツ,続いて,リフシッツだった.カンパニエーツは「理論物理学」,リフシッツはランダウと共著の「理論物理学教程」で,日本でも著名な良書である.
ランダウとシュブニコフは親友であったが,どちらもレフ(トルストイもレフ,ライオンの意)と同じ名前であり,痩せたレフと太ったレフと呼ばれていた.
ハリコフの研究所にはドイツ人の研究者もたくさんいたし,ライデンなどの海外の研究所との交流も盛んだった.ヨッフェの後の科学アカデミーの管理監は中央から制御されている状況になった.おりしも,第二次大戦前のスターリンによる粛清が始まる時期であった.
1937年8月6日,L.V.シュブニコフは,L.D.ランダウと一緒にクリミアで過ごした休暇から戻った日に逮捕され,スターリンによる粛清の犠牲者となる.いわれのない破壊活動の罪で起訴され,11月10日に銃殺刑になった.記録は改竄され,死体もわからず,未亡人は彼が1945年死んだと知らされた.1956年に至りL.D.ランダウらにより名誉回復が行われた.そのとき,ランダウが軍の検察官あてに出した書類:「彼の研究論文の多くは画期的な古典であります.彼がソ連のこの分野の創設者の一人であったことを考えると,低温物理学の分野での彼の破壊活動について話すのはまったくばかげています.彼の熱烈な愛国心は,彼がソ連での仕事のためにオランダでの仕事を自発的に辞めたという事実によって強調されています.L.V.シュブニコフの早すぎる死によって国内科学に引き起こされた損害はどんなに過大評価をしても言い尽くせないほどです」
引用:
http://www.ilt.kharkov.ua/bvi/info/shubnikov/shubnikov.html
subnikov-100 www.ilt.kharkov.ua
物性研究(2018.5)斯波 弘行.
ヨッフェ回想記;玉木英彦訳